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2001.7.16
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近年希に見る名勝負と言われた、B&Iライオンズvsワラビーズの最終テストマッチを観戦しました(勿論テレビで)。
6カ国対抗やトライネイションズなど毎年定期的に組まれているテストマッチとは違った両チームの気迫が伝わってくる試合でした。   両チームのキャプテンは共にロック。  そう言えば我が北海道遠征チームのスーパーキャプテンもロック(だからなんだちゅうの)。    解説でも絶賛されていたしMVPにも選ばれていた「働き者」ジョージ・スミスは人の良さそうな方で、お友達になってもらいたいなぁ〜なんて思ってしまいました。
もう一人、ライオンズの「働き者」キース・ウッドは友達にはなりたくないような感じですが・・・。   それにしてもキース・ウッドなる名前、ローリングストーンズが沢山いそうな、日本で言うなら「郷ヒデキ」なんて名前なんでしょうか?
もしこのどちらかのチームが最後まで集中力を切らさない試合でJAPANと真剣勝負をしてくれたら、いったい何点ぐらい取られてしまうのか?  考えてしまった試合でした。



20001.7.10
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7/8で春シーズンを無事終了いたしました。
今シーズンは例年の「東京都クラブ選手権」が出場できなかった為、新たに「ボーダーリーグ」と言う6チームで組織されたリーグに参加させてもらいました。結果的に公式戦の数が増え、また新たなチームと毎年交流が深められる事になり良かったと思います。
北海道遠征も大きなイベントでしたが、これも小金井クラブ、バクの会OBの協力を得成功を収められたと思います。お世話になった北海道のチームには是非今度は東京に来て楽しんで頂きたいと心底思っております。
首都リーグに関しては2部7チーム中4位と常に1部もしくは2部の上位で入替戦に望んでいた昨シーズンまでと比べると実力が低下したかな?  と思わざるを得ませんが、新たな部員も入ってくれたし秋のシーズンは是非盛り返したいと思います。ただ、春後半にあったような集まりの悪さ、モチベーションの低さはキャプテンが先頭に立って建て直さないとイケナイ問題だと思ってます。
首都リーグは今シーズンよりアクセルが解散による退会がありますが、新たにジェントルジャイアンツとブラックバディーズが参加する事になりましたので、1部2部ともに7チーム=14チームのリーグになります。ますます勝ち上がるのは厳しくなりますが2部優勝目指したいと思います。



2001.7.2
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KORYOに挑む虫軍団 気温37度という記録的な暑さの中、恒例の「首都リーグセブンアサイド」が行われました。1部2部12チームが4グループに分かれ予選を行い1位グループ(カップ)、2位グループ(プレート)、3位グループ(ボール)でトーナメントをおこなう方式。3位決定戦もあるので全チーム4試合、体力勝負。てんとう虫の初戦はこの大会8連覇をしているKORYOといきなり当たり敗戦。次ぎのビアーズ戦も接戦はするものの2点差負け。  ということでボールトーナメントに進み、昨年度15人制の優勝チーム モッコスとあたるがここにも歯が立たず、3位決定戦もバクの会OBに大量失点で負け。  つまり全敗で12チーム中12位。集まったメンバーが8人。  もう少し人が揃わないと勝負になりませんね。7人制とは言え首都リーグが開催するイベントだし、レフリーも関東協会公認B級の方が4人も来てくれているいい機会なので、それぞれ事情はあるとは思うのだが非常に残念に感じた1日でした。カップ戦の方は富士クラブ対KORYOで見事KORYOが大会9連覇を達成しました。



2001.5.21
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ハワイからてんとう虫の旧友 Mr.ロビンが来日したので、世話になったメンバーが集い月島へ「もんじゃ」を食べに行きました。
1987年からハワイで行われていた「世界ラグビークラブ選手権」へ行っていたてんとう虫は、その都度現地のホストチームでもある「ハワイ・ハーレクインズ」のメンバーでもある彼に昼も夜もお世話になりっぱなしでした。
当時から我々はみんな老けてしまったが、ロビンは現在もラグビーにサーフィンにと、バリバリのハワイアンでした。
見習わなくてはね♪
ALOHA!



2001.5.18
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こう急激に暖かくなると、街に出ると色々な人に出会います。
朝、地下鉄の階段から出るといつものように『マチキン』かなんかのティッシュ配りのオネエチャンがニコニコしながらみんなに配っていると、ワタクシの前にいたオヤジがやおら丸めて持っていた週刊誌で「バシッ!」とその配る手をはたいてティッシュの地面に叩き落としました。
ワタクシ、オネエチャン、一同あ然とする中オヤジは何事も無かったように歩き去っていきました。
やるなぁ〜〜
先週は上野の人ごみの中、携帯に向かって「シシド!シシド!」って叫んでいる、これまたオヤジ。
よく見ればワタクシと同じ機種の携帯。  この機種は“ボイスサーチ”と言う機能が付いていて、名前を呼ぶとその番号にかかると言うスグレモノなのだが、何もここで・・・・。
暑さを吹き飛ばそう!とばかりに出先で見つけた『串3年。裂き8年。焼きは一生。』と言う「全日本ウナギ蒲焼き連盟」だかなんだかのポスターが貼ってあるウナギ屋で昼飯を食って、レジで勘定していると厨房がちょうど見え、そこでは若いアンチャンが真空パックに入ったウナギの蒲焼きを忙しそうに開けてました。

いいぞ!  幸せニッポン!




2001.4.23
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4/22晴天の中、神奈川県にある素晴らしい芝のグランドで、ボーダーリーグの4戦目「ジェントル・ジャイアンツ」さんとの試合でした。
今回は何としても勝利を収めるべく“てんとう虫グループ”の(?)「テントローズ」(実名:アウトローズ)からゲンさん、ゴルゴさん、ココリコ山田さん。  「バクの虫」(実名:バクの会OB)からはNZ留学時代マイケル・ジョーンズと同じチームにいたという澤君が参加してくれて万全の態勢(?)で望みました。
珍しくフォワード、バックスが一体となって継続からウイングがトライするパターンが3、4見られ、結果は39:10の勝利を収める事が出来ました。(やれば出来るじゃん!)
ただ、2戦目のアフターファンクションでの紹興酒の一気飲み大会では完全にしてやられました。
最後に、今回もやりやすいゲームを作ってくれたピンクエレファンツのレフリー、李さんと、素晴らしいグランドをオーガナイズして頂いたボーダーリーグに感謝いたします。



2001.4.19
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昼過ぎに誰もいなかったので電話に出たら、「警視庁捜査一課のKと申しますが・・・」ちゅう電話で、 いやぁ〜〜またうちの会社で悪い奴が捕まったかいな? と思ってそのまま話を聞いていたら、どうやら強盗犯がうちで作っているらしいジャンパーを着ていたと・・。
年末の世田谷一家殺害事件の時も問合せがあったんですけど、何万枚も作って輸入しているんだから判らんわいな、もちろん協力はしたいけど。
と言うことで、これから悪いことをしようとしている“アナタ”!    うちで作っている服は着ないでねん。



2001.4.16
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汗ばむような良い天気の中、てんとう虫、アウトローズ、バクの会OB、ブラックパンツの4チームが集まり、ハーフを3試合行いました。  ブラックパンツさんは当チームキャプテンの取引先と言う事で“接待ラグビー”。
相手のゴールキックの時は当然我々はゴールポストを皆で持って右へ左へ。
見事入れば、皆で「社長! ナイスキック」と手のひらスリスリ(冗)。

試合の後はグランドでの“水道シャワー”、グランドでビールで乾杯!
当然河岸は居酒屋に移して4チームによる大宴会でした。
グランドでの勝負は居酒屋での腕相撲勝負に・・・・・。

どうりゃーー!!



2001.4.2
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今シーズンはどうもイマイチの戦績しか残せないてんとう虫ではあるが、久々に有望新人が2名入部してくれました。
先週の試合でボールを触るのも7年ぶりと言う割には、1週間ぶりのワタクシなんかより遥か素晴らしい闘志とプレーを見せてくれたY君。
もう一人は若干22歳の帝京大留年男、トリイ君。昨日の練習でも激しい当たりを見せてくれて、弱体化する てんとう虫のフォワード陣にはなんとも頼もしい新人。  これから期待しているぞよ。
 
対岸の満開の桜をバックに練習後
水道でカラダを清める裸族
                 小川で〜す♪

もう一つ明るいニュースは、
な、な、なんと5年ぶりに女子マネが入ってくれた事!
グランドに疎遠になっている部員よ、
彼女を見に来るだけも損はないかもよ。
ナキャノさん&つじどんさん 

 
 
 
 

当HPでもLINKさせて頂いているナキャノさんの母校の小樽潮陵高校が全国高校セブンス大会の北海道代表として上京されました。 そこのコーチでもありHPの管理人の「つじどん」さんと昨夜は新宿で多いに飲みまくりました。北海道もラグビーHPが沢山ありますが、こちらも含めてHPの作成者ってなんでフォワードばかりなんだろう?なんて話題で盛り上がりながら、次回は5月の札幌で、と再会を約束し別れました。




2001.3.21
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スカパーでsupe12の放映が始まりましたが、何が凄いって、やはり解説の小林新緑郎さんの知識の豊富さに驚かされます。 いったいナニモノ?  って感じです。
さてラグビーのプレーを見て思う事は、更にパワーラグビーになっているなぁって感じで、センターあたりで「ドーン」と入って「バーン」と相手のデフェンス網にぶち当たる事の繰り返しで、それがセンターであったりフォワードであったりの違いだけで、以前のようなすれ違いざまに抜いていくプレーや、サインプレーがほとんど無くなって、正直なところ見る方はつまらなくなってしまったのでは?と思います。
また、去年までの“継続ラグビー”から「な〜んだ、蹴れば楽じゃん」と思ったかどうかは知れないが、デフェンスの裏にキックするプレーもかなり増えてますね。これはラグビーの進化なのでしょうか?
今年のルール改正(と言うよりレフェリングの解釈?)でタックルドボールに対しての働きかけが更に厳しくなり、2人目3人目のプレヤーはブリッチングも駄目、つまりラックに入る際に頭を下げて行ったら即ペナルティーと言う感じで、勿論立ってプレーする事に超した事は無いのはわかるが、じゃあ、いったいどうやってボールをピックするの?と凡プレーヤーは謎に包まれてしまいます。オーバーザトップなんて下手するとシンビンで、こりゃ日本のラグビー試合だったらグランドに半分も選手が残らないな、なんて思ってしまいます。
レフェリングの話が出ましたが、今年中に首都リーグ内で競技委員会を作る事になりその中でレフリーの育成も行う事になりました。昔もあったのですが、そこから育った谷口氏や桜岡氏など首都リーグ出身のレフリーが日本協会一辺倒になってしまったと言う事も有り、また一からと言う事になりました。
秋のリーグ戦で60試合のグランド確保もさる事ながら、レベルの高いレフリーを確保すると言う事が難しく、今問題になっており、その辺を内部から育成しリーグのオーガナイズに役立てようと言う趣旨ですが、同時に目まぐるしく変わるルールに対して各人がもっと意識を持って欲しいと言う事も有ります。
よって講習会にはプレーヤーを卒業してレフリーにでも、と言う人よりもどちらかと言うと現役プレーヤーがルールを把握して無駄な反則を犯さないと言う意識の元に参加してくれればなぁ、と思っております。



2001.3.12
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前年度ジャージの不備から1年間の出場停止になってしまった「東京都クラブ選手権」の代わりに春は「ボーダーリーグ」と言う組織に参加し公式戦を戦う事になりました。
3/11はその初戦、「グリーンダルマ」さんと対戦でしたが、当方のメンバー不足から試合い不成立(不戦敗)になってしまいました。  長丁場の首都リーグが終わり個々のモチベーションが下がってきてしまっている事はわかるのだが、毎週キャプテンの方からしつこいように参加、不参加の呼びかけにも関わらず、何の連絡もしてこない、ドタキャンする、無断欠席と社会人としての最低限の事も出来ないのか?      と悲しくなってしまいます。   朝早くから集まった13人や相手チームに迷惑がかかる事ぐらいわかるはずなんだけど。
何の束縛も見返りも無いクラブチームだからこそ各自の自覚を持って欲しいと思います。

話は変わりますが、チームジャージをオーダーしました!
デザインは・・・・・・・出来てからのお楽しみ。          な〜んて、
一応Super12のオークランド・クルセダーズ風のデザインです。  もち、吸汗素材のポリエステルに半袖、衿無し、ハデハデタイプです。 
カッチョエエヨ〜〜〜〜〜〜〜〜〜   かな?




2001.3.1
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先週対戦したビアーズ戦で今シーズンの首都リーグが終了。  2部のてんとう虫は2勝3敗1分という成績に終わりました。  負けた試合は、クルセダーズ戦 前半リードで折り返したものの後半なかばで逆転を許し2本差負け。小金井クラブ戦 終了間際までリードを保っていたものの、最後に3連続トライをくらい逆転負け。ビアーズ戦もインジェアリータイムでの逆転PGで負けと、どの試合も勝ってもおかしくない内容でした。
反面勝った2試合も僅差の勝利と、いずれもてんとう虫ペースでの試合をコントロール出来なかったのが原因ではないかと思う。  デフェンスの飛び出しが早くなった現在、バックスの技術だけでゲインを突破するのは難しく、如何にそこにフォワードが早く集散するか、ラックを連続して確保し相手の穴を見つける近代ラグビーに近づける事も大切なのだが、大事なところでのラインアウトのミス、スクラムでのミス、ノックオンが致命的だったように思う。  やはり基本的な練習、後半逆転されないだけの基礎体力(走力)を付けなければ、次のステップには進めないと痛感しました。



2001.2.19
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1970年代後半から80年代半ばまでV7の偉業を成し遂げた「新日鉄釜石ラグビー部」が下部のリーグ組織へ落ちると共に、地域クラブへの業態変更を余儀なくされた。  ちょうどこの時代に熱きラグビーを見ていた私にとっても感慨深いものがあります。
多くが東北の地元高校出身で組織された「北の鉄人」と呼ばれた彼らは、その大半が日本代表でもプレーしていると言う実力者ぞろいで、厳しい自然環境の中、職場環境の中黙々と仕事人としてラガーマンとして活躍していた彼らを見るにつけ、多くの勇気と感動を我々に与えてくれた事は間違いないと思う。
15人での展開ラグビーを早い時期から実践し、大きくて重たいフォワードが80分パスをしながら走り回るラグビーは、当時、平尾入部でスター軍団としての将来像を抱かせた「神鋼」をフォワードで玉砕し、本城率いる元学生スターの「サントリー」をも熟練の「北の鉄人」達は軽く退けてきた。
唯一フォワードで互角に戦える力を持っていた「東芝府中」をしても、職人、金野の正確なキックにより勝利を手にする事は出来なかった。
ヘラクレスのようなカラダを持つNO8、千田。 牛のような洞口(故人)、和田、瀬川のフォワード陣。
釜石の頭脳、松尾−坂下コンビ。 「糸の切れた凧」と明治北島監督に評された髭オヤジ、センター森。
ヘアーバンドのウイング、永山。  オヤジの風貌を持った金野、谷藤。
みんな私の心の中に印象深いラガーメンとして残っている人達である。
今後「釜石ラグビー部」は地域に根差した“クラブチーム”として市民に勇気を与えていってくれるとの事。
しかし彼らはV7時代の半ばからあの真紅のジャージの新日鉄のマークである“S”から釜石の市花である「浜ユリ」を誇らしげに刺繍していたと思う。
既にその時から彼ら「北の鉄人」達は地域クラブ的な考えがあったのではないか?
これからもクラブチームの先導的な立場として頑張って欲しいと思う。



 

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