2001.1.21
*******
我がカーニバルクラブの重鎮、晋太郎氏が勤務する会社で香港観光協会の仕事をしている関係で、去る1/16秩父宮で行われたセブンス日本代表の壮行会に行ってきました。
小野、田中、栗原、岩淵選手などテレビでもおなじみの代表選手や協会関係者、スカパーのラグビー解説でおなじみの村上氏などがいらっしゃってました。
また、平成元年天皇ご崩御により両校優勝になった時の茗溪学園の監督だった徳増氏(現在、日本協会広報)もいらっしゃり、10年前てんとう虫クラブのハワイ遠征(世界クラブ選手権)でご一緒して以来の再会でした。
村上氏と同じく卓越したラグビー知識を持っている小林深緑朗さんて、もしかしたらこの徳増さんでは?
とふっと思ってしまうのは私だけでしょうか・・・・。
YCACの代表であり四谷の「ライジングサン」のオーナーでもある、ジェリー・ハガティ氏が1/9にお亡くなりになったそうです。
合掌。
2001.1.7
*******
年末から年始のかけては高校、大学、社会人と多くのラグビー中継があるので楽しめます。
今日は高校の決勝があった訳ですが、大学、社会人に比べると一番スピーディーで、逆転に次ぐ逆転と試合としては物凄く面白く見れます。
今年の伏見工vs佐賀工のカードも両校の持ち味を出しきった良い試合だったともいます。
結果は決勝初登場の佐賀工がここまで来た事に燃え尽きたのか、優勝に対して1枚意欲が上回っていた伏見工が優勝杯をものにしました。
しかし、去年に引き続き今年も「抽選」と言う何とも理不尽な決め方で仙台育英が涙を飲んだ事は納得できません。
ラグビー独特のテストマッチ方式、対抗戦、もしくは「勝ち負けではなく試合内容そのものを称え合う“ノーサイドの精神”」から来るものだとは思うのですが、
ワールドカップが始まりトーナメント方式がラグビーでも一般化した今、「なんて古臭い!」と思わざるをえません。
やはり、サドンデスでもPK戦でも選手が納得できるような決め方にすべきだと思います。
代表選手をプロ契約すると言うなら、更に選手には勝ち負けにこだわらせる環境が必要なのでは?と思うのですが。
特に準決勝で次ぎに進めるのと進めないのでは天と地ほどの差がある事を大会関係者は考えて欲しいものです。
あまりにも残酷すぎます。
2000.12.19
*******
先日ふっと電気街に立ち寄ったときにパソコンを見てみてビックリしたんですけど、CPUなんて800MHzもあって、HDの容量も40GBもあるんですねぇ〜。
何せ私の家のVAIO-NOTEときたら初期モデルなもんでCPU144MHZ、HDにいたっては2GBしかないんです。
こりゃもう、電卓と算盤ぐらいの差!
にもかかわらずPhotoshopやらIllustratorなんかも入っているから重いの何のって、1,5GBは占領してます。
ですから、ちょっとした画像なんかも一々FDに仕舞っておかにゃならんし。
偶然会社のPCも3年前にそれまでのフローラからVAIO-NOTEに変わりまして同じぐらい古い。
という事で買い換えるかなぁ〜 なんて食指が動いたんですけど、
今の通信速度(ISDN)が変わらんかぎりあんまりメリットないかな? とも思ったり。
お偉いさんよ! 人が居ないところに新幹線作る予算があったら早く光ファイバーを
各家庭に通してくださいな。
暫くラグビーの話題はなさそうですが、1月に期待してください★
何かって? ・・・・それは内緒です。
2000.12.12
*******
今回で9回目を迎えるNZ大使杯。曼荼羅、みたか、多摩、東京外人などのチームを抱える強豪「三多摩リーグ」対、我がてんとう虫の他グリーントータス、KORYO、クローバー、富士、小金井など13チームからなる「首都クラブリーグ」。両リーグ共に創立30年以上、春の東京都クラブ選手権の1部2部でも常に優勝争いをしいる自他共に認めるクラブシーンの雄。
今までのところ1勝7敗と分が悪く、今年は1ヶ月間リーグの公式戦を中断して、代表チームの強化を行いました。第一試合の選抜チーム同士の対戦は先制トライを首都リーグがあげてからはお互い譲らず、常に試合の主導権を握っていながら、残り10分で逆転され25:35で敗戦。
かなり大勢の観客(それもほとんど首都リーグの応援)を集めてのキックオフとなった代表チーム同士の戦いは、ホイッスル後いきなり自陣に釘付けとなる怪しい展開でスタート。
お互い激しいタックルの応酬、ターンオーバーの連続。 キックをほとんど使わず、グランドを目一杯使ったオープンラグビーは結構観客を沸かせてました。
前半は15:19で三多摩リードで折り返し。
試合後半から首都リーグのフォワードの鋭いたて突進、センター陣の力強いゲイン突破で最後は快速両ウイングでトライ、と言う理想的なラグビーで強豪三多摩リーグを粉砕。
55:34で見事6年ぶりの勝利でノーサイド。
両リーグ共高校JAPANなどの名選手が多くいる中で、てんとう虫から選ばれた4人の選手もよく頑張りました、おつかれ様でした。
試合後のファンクションではフィリップNZ駐日大使、多摩市長の挨拶で多いに盛り上がり、
MVPには今回のキャプテンも務めたKORYOクラブの闘将、姜(かん)宗卓が選ばれました。
来年も連覇に向けてよりリーグのレベルを上げていこう!

NZ大使からCUPを受ける姜主将
沢山の応援有り難うございました
2000.11.24
*******
前々から気にはなっていたんですけど、 パソコン使っていると突然 “不正な処理を行ったので強制終了します”
とか出てプログラムが終わってしまうんですけど、ありゃ何ですかね〜
「いったい私がそんなに悪いことしました!?」とか「不正って、今の政治家の方が色々やってるじゃん!」
とか思ってしまうんですけど・・・・・・。
あとアドレスを打ち間違えてメールを送ってしまうと、「Mailer-Deamon」から必ず返信が来ますよねぇ。
「メイラー・デーモン」?? つまりメイラー・デーモンさんちゅう世にも恐ろしげな人からメール
が来ちゃったりする訳で、「あぁぁーーーもう2度としないから許してください!」
てな事を思ってしまいます。
もうちょっとユーザーに優しくしてくれませんかねぇ、ビルゲイツさん。
2000.11.14
*******
同じ稲城市の矢野口グランドをホームとする「アウトローズ」
との“矢野口ダービーマッチ”はてんとう虫の若手がそろわず、
カーニバルの爺(失礼!)も入り交じってのキックオフとなった。
開始早々この日スクラムハーフに入った往年の名フルバック「きーちゃん爺」の先制トライで勢いづき、
これまた往年のトーキックの持ち主、
スタンドオフ「テツ爺」から細かくパスをつないで、 最後はわれらがカーニバル桃色幹事長の「ゲーハーウイング吉田爺」のトライ。
後半に入っても相手スクラムを獲ってそのまま、名古屋帰りの
NO8「コテツ爺」のトライ。
ススキの群生が美しい!
怒涛の攻撃は、道徳的に問題があるセンター「ナキャノ爺」の60m独走トライ、
空飛ぶ紅の豚センター「あんぱんイワシタ爺」の中央の突き破るド迫力トライと続き、終わってみれば40:12と久々の快勝!
もちろん「ポストマン・ヌマオ」の成功率の
高いキックなど、若手も頑張っての結果でした。
写真をクリックすると連続写真が見れます。
2000.11.6
*******
このHPでも交流をして頂いてます「小金井クラブ」さんが第3戦の相手。
結果は過去の2戦と同様終了間際までリードしていながら残り5分で逆転されると言う結果に終わってしまいました。
すでに昨年の3勝1敗という結果を下回ってしまい、残りの3試合で1部入替戦に望みをつなぐと言うなんとも歯がゆい出足。
昨日の試合でも小金井クラブさんの強力なフォワードの前にセットで劣勢に立たされ、マイボールスクラムを奪われる事数回。
まずはフォワードの強化、と言う事になるがシーズン半ばにしてすぐにこれを修正する事は不可能で、70分間フルに戦える体力と気力の維持が来週以降の課題になると思う。
スクラムに強いフォワードの獲得、突破力のあるバックスを見つけてくる事(入部させる)で試合に勝つチーム作りは出来るのかもしれないが、てんとう虫らしいチーム作りを創造した上で強いチームになっていく、
と言うのが本来のクラブチームの理想だとすれば、今いるメンバーでスキルアップしより上を目指さなくてはならないと思う。
2000.10.16
*******
10/1の首都リーグ初戦、アクセル戦はリードしていたものの終了間際にトライを許してしまい同点。
何とか勝利をと望んだ2試合目、相手は強靭な肉体と闘争心を持った外人チーム「東京クルセダーズ」。
戦前の予想通り試合は荒れた試合になってしまいましたが、前半は相手のこれでもか、これでもかと言う
タテ突進を骨のきしむようなタックルでゲインを許さず、相手陣に釘付けのままペナルティーゴール3点を
奪ったままリードで折り返した。
後半も相手の先方は変わる事無く、パワーまかせのタテ突進をタックルでしのぎ先制トライをあげたものの、
セットプレーでの劣勢がボディーブローのようにフォワードの体力を奪っていき、一瞬出足が鈍ったところを
つかれ3トライを献上。 結果は13:20で惜敗。
今までのてんとう虫には見られなかったしつこいディフェンス、攻撃的なタックルで相手を翻弄したものの
やはりタックルだけでは点を取れないと言う事を実感した試合でした。
残り4試合、何とか全勝して優勝の望みをつなげよう。
2000.10.3
*******
ワタクシが高校まで生活していたところは高田馬場と言うところで、そう約300年以上昔
堀部安兵衛なる赤穂浪士が「タカタノババはまだかいな?」と言ったか言わずかは知らないが、とにかく敵討ちの助っ人に馳せ参じた所です。
この高田馬場という駅、13時まで時間があるデカイ時計がある予備校やら裸のマリリンモンロー(だと思う)とお相撲さんが土俵でガップリ四つの噴水が回っている質屋とかがホームから見えて、今思えばなんとも怪しい所でした。
まあ、そんな事はどうでも良い事なんですが。
小、中、高と近所で済まそうと安易な考えの持ち主だったワタクシに自転車と言うものは必需品でありました。
つい1年前にもプジョーのクラシックロードレーサーを手に入れてグヘヘ・・・な〜んて悦に入っておりましたが、
思えば今までで一番買って嬉しかったのが小学校の頃に買ってもらった「ウルフ」と言う自転車。
これが何とも当時いきなり流行っていた機能満載の自転車で、オールインワンのヘッドライトユニットにはヘッドライトはもとより、ウインカー、スピードメーターやラジオなんかが搭載されていたスーパー自転車で当時のハナタレ小学生はこぞって一番軽いギアに変速してシャカシャカシャカァーーーーと足をフル回転させ、路線トラックのような流れるウインカーを点滅させながら時代を走り抜けていたのでありました。
しかし悲しいかな、電装品満載の自慢のマイチャリも雨に濡れてはラジオが壊れ(ちゅうか、走行中にそんなもん聞くな!)、転倒してはストップランプやらウインカーやらが粉々に砕け散り、1年も経つと「あんたダレ?」ってシロモンになってしまい誰も乗らなくなってしまいました。
やはり高校も近所で済ませた都合上再び自転車が必要となり購入したのがブリヂストンの「ユーラシア」!
当時一世を風靡した組み立て式の「ロードマン」の上を行く高級車(?)
それも魅惑のパールピンク色。
「お〜〜おまえは美しいのぉ〜〜」と毎日ピカピカに磨き上げては学校へ、はたまた相模湖や狭山湖へとサイクリングに行ったものでした。
最近こういう感動がないなぁ〜。
|